キ-マンインタビュー 株式会社ダイヤモンド社

第一回、ダイヤモンドザイ、浜辺編集長ロングインタビュー

第一部

第二部はこちら、第三部はこちらです。

マネポケというのは投資家に役立つサイトやブログをランキングして紹介するということを中心としたサイトですが、たくさんのネットトレーダーが会員として登録されています。そのネットトレーダーの参考書になっているのがマネー誌ということで、新企画としてマネー誌の編集長にインタビューさせていただくことになりました。

第一回目ということで、本日は売れ行きナンバーワン、ダイヤモンドザイの浜辺編集長に来ていただきました。本日はじっくりとお話しをお伺いしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

すしを握るはずが、ペンを握り!?

それでは簡単に経歴を教えていただけますか?

はい。奈良県の生まれで43才になります。大学から東京へ出てきまして、今にいたります。

明治大学文学部卒だそうで、卒論はボリス・ヴィアンだそうでですね。ボリス・ヴィアンというと、フランス人でありながら、アメリカの黒人脱走兵だ、なんて騙ってハードボイルド小説も書いてたこともあるなんて、すごいいわく付きの人じゃないですか。実は知らなくて(汗;)、ウィキペディアで調べたんですが(笑)、作家で詩人でトランペット奏者で歌手だとか、しかも著書は何度も発売禁止になってる。超過激な人みたいですが、やっぱりそういうところに憧れて?

いや、まあ(笑)、ま、音楽家で作家と言っても、両方素人のようなところがありますけどね(笑)。フランス人で、生活環境的にはアメリカの黒人とはほど遠い状況にいながら、ジャズがほんとに好きだったんですよ。遠い、文化も全然違うフランスの地にいて、アメリカのジャズに憧れるというのが、なんか当時の自分と似ていたものですから。

なるほど、編集長もジャズをおやりになっていたそうで。今でもジャズバンドをおやりになっているとか聞きましたけど、かっこいいですね。今度コンサートがあるときは是非教えてください(笑)。ジャズバンドは高校時代からですか?

高校の頃はロックバンドでしたね。大学時代には音楽関係のサークルで、ジャズに限らずいろんな音楽をやっていました。今やってるのは、お遊び程度のバンドです。

情報によりますと、子供の頃は鮨屋になるのが夢だったとか?

よく調べてますね(笑)。そうです。将来お鮨屋さんになりたかったんです。子供の頃たまーにいいお鮨屋さんに連れていってもらうことがあって、そうするときれいなお店で、話がうまくて、お客さんを楽しませながら目の前であらよとか言って握ってるじゃないですか。あれってかっこいい。子供心にああいう仕事をしたいなと。(笑)ま、小学生のときの話ですが。

それが、いつのまにか、鮨を握らずにペンを握るようになったと(笑)。この世界に入られたのはどういったきっかけだったんですか?

そもそも学生時代から雑誌関係の仕事がしたいとは思っていたんです。奈良から出てきて、最初は、音楽やっていた関係で高田の馬場のジャズ喫茶でバイトしてたんですね。そこにマスコミ志望の人間がいっぱいいて、その中にマガジンハウスでバイトしている人がいたんです。その人に頼み込んで、アルバイトで、かのマガジンハウスに潜り込ませてもらったんです。

あの、あこがれのマガジンハウスですか。平凡パンチ・アンアン・ポパイ・ブルータス。時代の最先端を走っていましたよね。あの頃ポパイは僕ら若者のバイブルでした。

はい(笑)。今はなき『ダカーポ』編集部に居たんですが、最初はほとんどコピー取りで、それからデータマンですよ。当時競馬の記事を集めて作るようなページがあって、毎月毎月競馬新聞をひたすらコピーしてましたね。最後はちっちゃいコラムを書かせてもらうようなこともありましたけど。

それでライターになりたいと思ったんです。当時はバブルですから景気もよくて、仕事もいっぱいあったみたいですから。よおし俺もフリーライターになるぞーと思ったら、大先輩から「やめろ、お前は向いてないから」なんて言われて、「お前はライターじゃなくて編集者になれ」ということで・・・紹介されて・・・とある婦人誌の会社に入ったんです。

ゆりかごから市場まで!?

ほお、スタートは婦人誌ですか。

ええ。婦人誌!? って感じですよね。子育て雑誌とか出してる会社だったんですけど、全然興味ないなあと思ってたら、思いっきり説教されましたね。

「違う!素人じゃないんだから、自分が読みたいものを作るのが編集者だと思ったら大間違い。お客さんが読みたいものを作れるのが編集者だ。婦人誌の方がぜったい勉強になる。女性の方が雑誌が好きで目も肥えているから、ダメなものはダメ、いいもの作れば売れるとはっきりしている。お前ね、女性誌で売れる本作って初めてプロだぞ」って言われて、あ、そうなんだと(笑)。

そして心ならずも(笑)入った婦人誌でも、やっぱりできる人は違いますね、そこでも華々しい成果を上げられたと聞きましたが。

いやいや、最初は苦労しました。まわりは女性ばっかりですしね。

うらやましい(笑)。

読者もお母さん、取材先もお母さん、ライターもお母さん、お母さんだらけのところで、お母さんの悩みを拾いあげて面白い物を作らなきゃいけない。それが最初自分にはどうやっていいのか全然わからなくて。

で、悩んだ末に・・・そうだ、パパが読んでも面白いページを作ろう!と。しつけの記事には興味はなくても、例えば漫画とかあったらお父さんでも読むよね。だったら子育ての苦労を漫画に出来ないかと思って、ちょうど子供が生まれたばかりの漫画家さんを探しだしまして、書いてもらったんですよ。

そしたらそれが非常に受けまして・・・大ブームになりました。  

田島みるくさんの「あたし天使あなた悪魔」と青沼貴子さんの「ママはぽよぽよザウルスがお好き」という作品ですけど、・・・・すごく当たったんです。

うちの女房も読んでました(笑)。

ありがとうございます!

普通の人には描けないような一種の“駄目母さん物語”だったんですね。

例えば子供が幼稚園に通っててお弁当を作らなきゃいけない。世の中の雑誌を見るとすごくきれいな、ウサギさんだパンダさんだが並んでいるようなお弁当のカタログばっかりあるんですよ。でもそんな凝ったお弁当、毎日作れないじゃないですか。彼女達は漫画家ですから徹夜仕事もあるわけですし。

朝になって、あ、お弁当作らなきゃいけないとなって、困ったあげくカップ焼きそばを作って、小さい子供用の弁当箱に詰めて持っていかせたら、後で大顰蹙、というような話。

「せめてもの母の愛で、青のりをかけました」というようなかっこ悪いエピソードこそが面白いと思って、それを描いてもらったんです。

実際には、結構みんなそういう苦労をしているんですよ。でも、それまで雑誌にはいいお母さんしか出てこなかったんです。素敵で、子供の世話を完璧にできるような理想の母親像ですね。しかし、現実には、そんなうまくいくことなんてほぼないわけです。だから、そんな風に駄目なお母さんの駄目体験を描き綴ってもらったら・・・それが非常に当たったと(笑)。

婦人誌で大成功を収められた編集長が、ダイヤモンド社に移られたきっかけは?

いや、大成功というのは違うんですが…。ともあれ、なにか違う分野でも雑誌を作ってみたいと思ったのは事実です。  

その頃、金融・ビジネス雑誌を見てたら、どれもまじめで堅くて、活字ばっかりで、写真やデザインが超低レベルで…と、そういう状況だったんですね。

特にマネー誌なんてもっとひどくて「お金についての本なのにずいぶん貧乏臭い雑誌だなあ」みたいな感じだったんですね。金融・経済についてはともかく、雑誌の編集に関してはプロの仕事というレベルの雑誌はどこにもなかったんです。

それで自分が作らなきゃと?

ダイヤモンド社が新しい雑誌を作るって話があってそれに参加しませんかということで。婦人誌の世界では、二つの単行本のシリーズを作って、それがたまたま両方とも最終的には130万部ぐらい売れたというヒット作になったので、この分野はもういいでしょうって感じですね(笑)。

大先輩との約束は果たしたと(笑)。

そうです。やっぱりどうしても自分で読みたい本を作りたかったんで、男性誌を作るんだったら俺使ってくれないかなと思って受けたわけです。

でも、主婦の雑誌からビジネス誌というと全然違いますよね? とまどいはなかったですか?

つながっているんです。僕は、お母さんのための雑誌を作っているときも、日本の社会っていびつなんだなあと思ってたんですね。専業主婦がマンションの一室で子供と一対一で子育てをやっている。こんなことやっているのは日本だけだよね、普通は、子育てだってもうちょっと社会全体でやっているよねって。

なるほど。そうでしょうね。

日本の子育てって、かなりいびつなんです。あの頃から、少子高齢化が深刻になるに決まってると思ってました。お父さんとお母さんと子供だけが密閉されたマンションの一室で暮らしていて、お父さんは長時間労働で家にはいない。結果として、お母さん対子供の母子密着体制で一生懸命子育てをやっていると、問題がたくさん出てくるんです。

なるほど(笑)。

そうじゃなくて、社会全体で子供を育ててるとそんなには大変じゃないんですよ。預かってくれるシステムが多種多様にあっていろんな人が関わってくれる。ビービー泣いていたらおばあちゃんがさっと飛んできてまあまあまあまあっていうそういう社会なら、子育てで悩んで虐待しちゃうなんて話も少ないと思うんですよ。なんかそういうところ、日本は変なことになってるよね、と思ったんです。

確かに。

で、それを突き詰めていくと、その原因に雇用の形態があるんだなって。

おっと、そう来ましたか(笑)。うーん、そう言われれば・・・。

でしょ? なんで女の人って子供を産むと会社を辞めなきゃいけないの? 仕事を再開するとき、どうしてすごい安いパートしかないの? でもそれって、お父さんが終身雇用だから成り立つんだよなって。これ、アメリカだったら怖くて出来ないですよ。子供出来ました、会社辞めます、なんて。女の人だって職を失うのは怖いですからね。だから、ダブルインカムを維持したまま子供を育てようとすると思うんです。そういう家庭の方が実は、子育て的にはハッピーであんまり悩まないんですよ。お母さんも仕事をし、お父さんも仕事をしているから対等だし、みんなで考えようという風になる。必然的に保育園の人たちに助けてもらうことにもなるし、じゃあ、おばあちゃんに手伝ってもらおうねって話にも自然になるんです。

なるほど、そうですね。

で、日本の会社の終身雇用について考えてみたら、これまた世界でも日本だけのおかしな仕組みだよね。で、それは日本独自の“資本主義国なのに社会主義国みたいな経済体制”に根っこがあって、端的に言うと株主。ひいてはマーケットが無視されているってこととイコールだよね、と。

え? 油断してたら突然難しい話になってきましたね(笑)。終身雇用ってマーケットが無視されていることと関係しているんですか?

そうでしょ?(当時)大蔵省が銀行を支配している。で、銀行を通じて産業界も支配しているんですね。間接金融ですから。それで護送船団で守られているから競争があんまりなくて、だから長期雇用も守られているという、そういうなれあいの構図があるんです。

企業も意味のない子会社をいっぱい持っていて、それを”天下り先”にしていました。株主から見たら「なんでやねん!」というムダなんですが、あの頃、株主はガバナンスの蚊帳の外だった。だからマーケットなんて必要なかったんです。

なるほど。

世界第2位の資本主義国なのにおかしいでしょ? いつまでもこんなことが続くはずがないですよね。長期雇用が守られてきたといういい面もあるけれど、それにしてもグローバル化する世界の情勢の中では絶対に維持できない構図だった。それで、今後どうなっていくのかなあって考えてみたら、いいか悪いかは別にしてアメリカみたいな市場経済の国へと変わっていくんだろうな。つまりマーケットが重要だよね。じゃあ急いでマネー誌を作らなきゃと(笑)。

なるほど、確かにつながってますね。子育て問題を考えていたら、マーケットに行きついたと。今日の対談のタイトルは「ゆりかごからマーケット」にします(笑)。(以下、第二部に続く)

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2008年10月

株式会社ダイヤモンド社 浜辺 雅士

株式会社ダイヤモンド社
浜辺 雅士(はまべ・まさし)
ダイヤモンド・ザイ 編集長

奈良県出身43才、明治大学文学部卒。
マガジンハウスでライター見習い後、某主婦雑誌会社に就職。育児漫画シリーズでブームを作る。
1994年ダイヤモンド社に転職、2000年3月『ダイヤモンド・ザイ』の創刊に参加し、全く新しい発想で日本一売れる投資雑誌に育てる。02年4月より編集長として現在に至る。